がん免疫療法 新免疫療法(NITC)を開発した経緯

新免疫療法(NITC)が開発された経緯

免疫研究のはじまり

昭和45年に慶応大学医学部を卒業し、すぐ外科教室に入局しました。
当時、直接の上司は、馬場正三講師(後の浜松医大第二外科教授)であり、主任教授は阿部令彦先生でした。

阿部先生より、「免疫をやれ」と研究テーマを申し付けられました。

初めは手探りの研究でした。

馬場先生は厚生省の研究班の班員で腸の難病である潰瘍性大腸炎とクローン病の治療法と病気の原因を追究する研究を行っていました。

免疫が関係するため私もこの研究を手伝うことになりました(論文:新外科科学大系 23B:29-139,1991)。

このことが私が臨床免疫研究に関わるきっかけとなりました。
後に私も研究班の一員として今でも研究しております。

がんの三大療法の限界

慶應大学医学部卒業後6年間の教育が終わり、私は、社会保険・埼玉中央病院の外科に出張となりました。

この施設には埼玉県立腎センターが併設されていました。

この病院の外科医長として毎日のように主に各種消化器癌と乳癌、甲状腺癌等の癌患者様対象に手術を行いました。

また、夕方5時からは県立腎センターで腎移植の拒絶反応の研究や癌に関する免疫の研究に励みました。

埼玉中央病院では癌患者様の癌の切除(当時は拡大手術が主流)を徹底的に行いました。

私は、転移の可能性のあるリンパ節を含め、広く切除し癌は全て切除できたとの自信を持っておりました。

しかし、残念なことに2年、3年経つと続々再発し再入院してくることを身をもって知らされ、無念でなりませんでした。

私は、その間様々な抗癌剤を使用しました。

一般的な投与法として注射や経口(口から入れる)を行い、それらをさらに進めて、癌細胞を直接抗癌剤で叩く腹腔内投与や胸腔内投与など、工夫して色々な投与法を実践しました。
必要であれば放射線療法も併用しました。

しかし、それらの結果は全て惨めなものでした。


癌の三大治療は、外科手術で切除し、再発が無ければ極めて経過は良いのですが、再発したら抗癌剤も放射線も一時的な縮小は得られるものの、いつか効かなくなり無力化することを私は思い知らされました。

免疫療法の研究

こうして、癌の三大療法の適応と限界を嫌というほど思い知らされたのです。

これにより、私の中で、やはり、これからは免疫が必要でないかとの思いから杏林大学第一外科で免疫の研究を続けることになりました。

当時、第4の治療法として免疫療法が注目され始めていました。

クレスチン(PSK)、ピシバニール(OK432)、レンチナン、ソニフィラン(SPG)等の免疫を活性化する物質が医薬品として認可されつつありました。

そこで杏林大学では医薬品となっているこれらの免疫増強システムの研究がスタートしました。

クレスチン(PSK)はカワラタケというキノコ菌糸体から作られた医薬品でその構造式はβ-1,3-D-グルカンであり、口から摂取する経口剤です。

ソニフィラン(SPG)はスエヒロダケというキノコ菌糸体から抽出された医薬品でやはりβ-1,3-D-グルカンの構造式を持つ筋肉注射剤です。

また、レンチナンはシイタケ菌糸体から抽出されたβ-1,3-D-グルカンを基本構造とする静脈から投与される医薬品です。

ピシバニールは溶血連鎖球菌の細胞膜から作られたやはり免疫を活性化する医薬品です。

杏林大学第一外科での主たる研究は、消化器癌(大腸癌、胃癌)にかかりやすい遺伝子の研究(HLA)(論文:消化器と免疫13:240-243,1984、THERAPEUTIC RESEARCH 10(1):136-139,1989)、他人の血液を輸血すると免疫抑制作用を招きがん細胞の増殖を促進するために自分の血液を増やして、必要な時に輸血する方法の自己血輸血の開発をしました。(論文:消化器と免疫18:215-218,1987、医学のあゆみ139(2):119-120,1986、CURRENT THERAPY7(7):77-81,1989、medicina26(4)636-637,1989、BIOmedica4(5):54-58,1989、BIOTHERAPY 6(5):875,1992、外科治療74(4):478-486,1996) 
腸の難病(クローン病、潰瘍性大腸炎)の発生原因と治療法の研究(論文:日本臨床48:644-651,1990、新薬と臨床45(6):85-101,1996、消化器外科 16(13):1931-1943,1993、Digestive Diseases and Sciences 44(2):445-451,1999)による厚生省班員、癌の免疫療法の開発等です。

その1つがTNFαという腫瘍壊死因子の研究です。
TNFαが多く出たときは、癌は溶けてなくなってしまいます。

つまりTNFαがたくさん出ると、癌に対して抗腫瘍効果が働くのでプラスに作用します(論文:THERAPEUTIC RESEARCH 12(11):65-74,1991)。

ところが難病に対しては潰瘍性大腸炎やクローン病などの自己免疫疾患の原因になるため、マイナスに作用することが分かりました(論文:消化器外科14(6):693-702, 1991)。

多剤免疫療法の開発

現在の新免疫療法の開発に直接繋がる当時の研究としては、多剤免疫療法があります。

当時、癌の治療薬剤として認可されていたものとして、PSK(クレスチン)、OK432(ピシバニ-ル)、SPG(ソニフィラン)等がありましたが、私は、これらの物質の抗腫瘍作用機序を調べている過程でそれぞれの作用機序に違いがあることを発見しました。

マウスに癌を移植し、単剤、2剤、3剤とで癌に対する効果を調べると、3剤併用が有意に効果があることが分かりました。

そこで、私は、乳癌や消化器癌の患者様にPSK(クレスチン)、SPG(ソニフィラン)、OK432(ピシバニ-ル)を併用しました。

すると、末期癌で治療方法が無い患者様でも効果が現れる場合があることが分かりました。

私はこの治療法を作用機序の違う複数の免疫賦活剤を組み合わせるため多剤免疫療法と名づけました(論文:癌と化学療法14 (1):196-199,1987、消化器と免疫 15:223-226,1985)。

この頃、私は、免疫学で有名な東北大学の微生物教授の石田名香雄先生(当時東北大学の医学部長、後の東北大学の総長)からご指導を受けることになりました(論文:消化器と免疫 19:227-231,1987)。

石田先生はこの多剤免疫療法で未知なる免疫活性物質が誘導されているはずだとのアドバイスをされ、ミドリ十字の社長に連絡し共同開発することになりました。

しかし、私は、当時、残念ながらこの物質(この数年後に明らかになったインターロイキン12(IL-12)です)を解明するに至りませんでした。

この多剤免疫療法は、当時は認可されていたのですが、平成元年の薬事審による見直しにより、1つの癌種に免疫賦活剤は1種しか使えなくなり、中断せざるを得ませんでした。

インターロイキン12(IL-12)の測定と開発

多剤免疫療法を中断している間に、キノコ菌糸体との出会いがありました。

帝京大学の食品薬理学教授の山崎正利先生から免疫活性食品のキノコ菌糸体を臨床的に調べてほしいとの要望があり、私は、他に治療法が無い末期癌に対して患者様の承諾のもとに使い始めました。

このキノコ菌糸体はβ-1,3-D-グルカンを基本構造としていますが、多剤免疫療法と同程度の効果が認められました。

丁度その頃、米国で新規免疫活性物質であるインターロイキン12(IL-12)がマウスそしてヒトでも発見され、遺伝子工学で大量に作ることに成功しました。

この業績は世界的な注目を浴びました。

翌年のクリントン大統領の年頭教書にも夢の癌抑制新物質であるIL-12の大量生産にアメリカが成功したことが発表されています。

このIL-12は癌細胞を障害するキラーT細胞を強力に増やすのみならず、活性化します。
更に同様の作用機序を持つNK細胞やNKT細胞も強化します。

また、キラーT細胞、NK或いはNKT細胞が攻撃の目標とする癌抗原の発現も助け、腫瘍に血液を送り込む腫瘍血管も阻害することも分かっていました(参考資料論文:西村孝司Biotherap9(1):16-26,1995、 西村孝司Biotherapy 11(7)820-828,1997、Pharma Medica 14(2),1996)。

平成8年の7月ころ、私は、多剤免疫療法で誘導される新規物質、そしてキノコ菌糸体で著効を示す患者様の中に誘導されているものはIL-12ではないかと考え始め、何とかヒトIL-12を測定できないかとの思いが募りました。

私は、日本の様々な免疫学者や研究所に連絡をとり、ヒトIL-12を測定できないか聞いて回ったのですが、「日本ではやっとマウスで測定が可能になったばかりで、人で測定などは無理に決まっている。」とつれない返事しかもらえませんでした。

また、人用の測定キットは測定感度が悪く検出できないようでした。
そこで、自分で測定しようと決心し米国のジェネテック社から高価なヒトIL-12測定キットを購入し、測定を試みました。

「案ずるよりも生むが安し」と言いますが、私は、適当な前処理を施すことにより、4ヶ月足らずでヒトIL-12の測定に成功し、有効な患者様は、体内でIL-12を大量に産生していることが明らかになりました。

すなわち、キノコ菌糸体を投与して有効な患者様には大量にこのIL-12が産生されていて、効果が無い患者様では産生されていないことが分かったのです。

私が初めて測定に成功したβ-1,3-D-グルカンによって誘導されるIL-12は、自分の免疫細胞(マクロファージ、樹状細胞)で産生するという意味で『内因性IL-12』と言います。

一方、米国で開発された遺伝子工学で作られたIL-12は『レコンビナントIL-12』といいます。

内因性IL-12は自分の体で作ったものですから、20pg/mlという微量でも十分に力を発揮することができます。

レコンビナントIL-12は外から血中に入れることから、局所で必要量に到達させるには、大量に投与しなければなりません。
ちなみに臨床治験で使われたレコンビナントIL-12は2000万pg/mlです。

このため、治験レベルで副作用が出て死亡者も出ており、現在では薬の開発が中止となっています。

一方、内因性IL-12は自らが作るのですから、微量でも十分に作用し全くと言って良いほど副作用が無く、むしろ食欲が出てよく眠れるようになり、精神的にも明るくなり、前向きな生活が送れるようになります。

すなわちQOL(生活の質)の改善に役立ちます。

この成果を誰に相談しようかと考えている中で、当時味の素(株)の理事(シイタケ菌糸体の抽出物であるレンチナンの開発者の1人)の金子有太郎氏の名前が浮かびました。

私が、同氏にこのデータを示したところ、おそらく大発見だと評価してくださり、翌週に免疫学の第一人者である順天堂大学の奥村康教授、東海大学の免疫学の垣生園子教授を紹介されました。

この2人にデータを示すと科学的に意味のある発見であるとの判定でした。
それから、1年間臨床データを集め、特許を申請し平成13年5月に米国特許が認められました(アメリカ合衆国特許(10)特許番号US6,238,660B1(45)特許承認日2001年5月29日)。

新生血管阻害剤の開発

腫瘍が増殖するためには、大量の血液を必要とします。
そこで腫瘍は新生血管をどんどん作ろうとするので、新生血管は螺旋状になって増えていきます。

正常血管の3層構造と違って内膜のみの1層からなっているため、悪液質が体の中に出てきます。
それが腹水や胸水の原因となります。

この新生血管阻害物質の研究を開始しました。

私がマウスの背部に特殊な新生血管阻害物質を探索する実験装置(ドルザール・エア・サック法)を完成させ、様々な物質を検討する中で34番目に出会ったのがサメ軟骨でした。

経口摂取ができて正常血管には害がなく、腫瘍血管のみ選択的に阻害できる理想的な物質に初めてであったのです。

しかし、これには欠点がありました。
まず熱に弱く65℃以上の熱で失活すること、胃酸で失活すること、魚の特有の生臭いことでした。

この問題を解決すべくサメ軟骨の製造者であるセイシン企業と医薬品の包埋技術の優れた日本油脂と約1年間かかって完成しました。

それから、臨床データを集め、国内特許を申請し平成12年8月に認められました(特許第3103513号 特許確定日 平成12年8月25日)。

新免疫療法(NITC)の開発

新免疫療法(NITC)の基本的な抗腫瘍薬理作用はβ-1,3-D-グルカンの基本構造を持つ物質を経口的に投与することで、サイトカインの一つである内因性IL-12を産生させてキラーT細胞、NK細胞、そしてNKT細胞の増殖や活性化を誘導して抗腫瘍作用を亢進させることにあります。

このIL-12は血管新生阻害作用もありますが、さらに増強するために、患者様にはサメ軟骨を食べてもらうことになります。

β-1,3-D-グルカンには2種類あって内因性IL-12を早期少量誘導作用するものと晩期大量誘導作用するものに分けられます。

早期少量物質は多くのキノコ菌糸体(例えば、キノコ菌糸体、ILX、D-フラクション、マイタケ、アガリクスなど)がこの領域に含まれます。

この型のものを色々組み合わせても、内因性IL-12の相乗的な増量はありません。

一方、晩期大量誘導作用を持つキノコ菌糸体はカワラタケ(PSK:医薬品)です(論文:in vivo 16:49-54,2002)。
それと後日私が開発したシママンネンタケ(ILY)の2種類のみです。シママンネンタケは新規食品のため安全試験を行い、論文として発表しました(論文:Biotherapy 16:571-580,2002)。

現在の新免疫療法(NITC)では内因性IL-12の早期少量誘導物質としてILXを使い、晩期大量誘導物質のILYと医薬品であるクレスチン(PSK)を併用しています。

このILXにはキノコ菌糸体の他に更に活性化を強化する目的でパン酵母(β-1,3-D-グルカンの構造を持つ)も含まれています。

これらに加えて血管新生阻害を目的にさめ軟骨も摂取してもらいます。さらに、免疫を高めるために医薬品のSPG(ソニフィラン)、OK432(ピシバニ-ル)を併用しています。

β-1,3-D-グルカンは内因性IL-12を誘導すると同時にインターフェロンγ(IFNγ)も誘導することが分かってきておりますが、このIL-12とINFγが骨を破壊する細胞である破骨細胞の形成を抑制します。

癌細胞はこの破骨細胞との共同作用で骨転移部を溶かすのです (参考資料論文:高柳広,免疫2002:16-26、高柳広,免疫2005:343-351)。

したがって、新免疫療法(NITC)は骨転移にも有効です。

現在、多発骨転移に有効な治療法がいまだ見出されておりません。
新免疫療法(NITC)は唯一の治療法であると言っても過言ではありません。(なお、部分的骨転移には一般的に放射線は有効です)

NK細胞とNKT細胞の活性測定と開発

平成10年近畿大学腫瘍免疫等研究所の教授となり、多くのがん患者様に治療をすると共に、主に動物実験を中心に新免疫療法(NITC)のβ-1,3-D-グルカンの新規素材の開発、第4の新規リンパ球NKT細胞(NK細胞とT細胞の両方の免疫能力を持つリンパ球)の研究(アメリカ合衆国特許 (10)特許番号US6,818,624B2;(45)特許承認日 2004年11月16日))、β-1,3-D-グルカンではなくα-1,3-D-グルカン(主としてNK、NKT細胞の活性が起こる)の抗腫瘍作用機序の研究を平成16年9月まで行ってきました。

その後は多発骨転移の治療や分子標的治療薬の患者様の病状に合わせた投与法などを学会で発表しながら、さらに免疫細胞の活性が望める物質の開発をおこなっております。

オリエント腫瘍免疫研究グループ代表

医学博士 八木田旭邦

仕切り
新免疫療法によるがん治療の『TOP』に戻る
新免疫療法の『治療』に戻る
仕切り
Copyright(C) All Rights Reserved.